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命を次の世代へ…パンダのトレーニングとは

2010年10月20日 16:13
命を次の世代へ…パンダのトレーニングとは

 ジャイアントパンダの「自然妊娠」での出産に成功したウィーンの動物園。その成功の秘けつをオーストリア・ウィーンで岩崎建記者が取材した。

 かつて、ハプスブルク家が所有した「シェーンブルン宮殿」。世界遺産でもある、その庭園のわきに、小さな入り口がある。門にはアルファベットの「M」と「T」をあしらった紋章…そう、ここは、あのマリー・アントワネットの母親、マリア(M)・テレジア(T)が夫とともに作った「世界最古の動物園」。開園は1752年で、観賞用として珍しい生き物を飼ったのが始まりだといわれている。

 いま、この動物園でひときわ熱い視線を集める動物がいる。それが「ジャイアントパンダ」。動物園を訪れた人は、“お父さんパンダ”である「ロンフィ」を見て、「本当にかわいいわ。もっとこっちを向いてほしい」と語るなど、その人気ぶりをうかがわせてくれる。しかし、この動物園のパンダは、ただ“かわいい”だけではない。

 実は、この動物園では3年前にヨーロッパで初めて人工授精ではない、「自然妊娠」での出産に成功した。しかも一度ではなく、2010年の夏にも再び成功し、一躍、注目の的となった。いったいその秘けつはなんだろうか。実際の飼育現場を取材させてもらうことにした。

 「ロンフィ、おいで」と、飼育係が呼ぶと、園内でくつろいでいたジャイアントパンダのロンフィがゆっくりと歩き出す。そして、ロンフィみずからが、室内にあるオリの中に入って飼育係から餌をもらう。一見すると、飼育係がロンフィに餌を与える光景に見えるが、実はこれに続く動作の中に“子作りの秘けつ”があるのだ。

 よく見ると、飼育係の笛に合わせてロンフィが反応しているのに気付く。飼育係が持つ“先端が黄色の棒”に合わせて顔を動かしたり、さらには立ちあがったり、寝転んだりもしている。このトレーニングは、毎日欠かさず行われているという。なぜ、このようなトレーニングをするのだろうか?

 動物園にいると何もしなくても餌を与えられるなど、どうしても自然環境とはかけ離れた暮らしになってしまう。このトレーニングを行うことで、パンダが本来持っているはずの「集中力」や「行動力」を鍛えているのだという。それが、ひいては“自然の営みとしての交尾”をうながし、自然妊娠することにもつながるというわけだ。同時に、採血したり、歯の状態をチェックしたり、パンダの体調管理をしながら、心身ともに健康に保つという目的もある。

 ロンフィの飼育係は、「自然界では動物は自らの食事や交尾の相手を探さないといけません。動物園ではそれらが簡単にできてしまいます。でも、動物園であってもそうした作業をすべきで、こうしたトレーニングが精神的に健康な状態を保つのです」とその重要性を説明する。

 園内ではさまざまな動物の赤ちゃんを目にすることができるが、この動物園では、個体数が少なくなった希少動物や絶滅危惧(きぐ)種を保護し、そして増やす活動にも力を入れている。そのひとつが「バタグールガメ」だ。このカメは、世界で24匹しか生息が確認されていない絶滅危惧種のひとつ。動物園では2010年、世界で初めてバタグールガメの人工繁殖に成功した。まもなく一般公開する予定だというが、その目的はあくまで“保護”と“個体数の増加”であって、その重要性を訴えていきたいという。

 「動物園は見世物小屋ではなく、命を次の世代に受け継いでいくための施設」…パンダの自然妊娠も、こうした考え方のもとで実現した成果のひとつだ。世界最古の動物園は、生き物の将来を見据えた“最先端の動物園”とも呼べそうだ。