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スポーツ庁と“東京五輪”を読売記者が解説

2015年5月30日 0:47
スポーツ庁と“東京五輪”を読売記者が解説

 注目ニュースや話題を「読売新聞」の専門記者が解説する『デイリープラネット』「プラネット Times」。29日は「スポーツ庁と東京オリンピック・パラリンピック」をテーマに、運動部・清水暢和記者が解説する。

 5月13日、改正文部科学省設置法が参院本会議で全会一致で可決・成立し、スポーツ庁の創設が正式に決まった。これまでは各省庁でバラバラに分かれていたスポーツに関する様々な政策、取り組みを一本化して扱う省庁で、文部科学省の外局として10月に発足する。従来、文部科学省が中心に担ってきたスポーツの振興に加え、2020年東京オリンピック・パラリンピックの成功も託されている。

 スポーツ庁は日本スポーツ界の「悲願」だった。その動きが加速するきっかけの一つが2006年のトリノオリンピックで、日本のメダルは金メダル1個のみという惨敗、当時の関係者が「国が責任を持って強化する体制を作り、スポーツは遊びの延長という意識を変えなければいけない」と危機感を持ったのだ。そして、2011年のスポーツ基本法の成立、2013年の東京オリンピック・パラリンピックの招致成功とつながり、スポーツ界が一枚岩になれる体制が整ったことになる。

 スポーツ庁の構成は、文部科学省を母体に複数の省庁から職員が集まり、120人規模の役所となる。例えば、スタジアムや体育館の建設は国土交通省、スポーツを通じた国際交流は外務省、リハビリとしての障害者スポーツは厚生労働省、経済効果を目的としたプロスポーツ振興は経済産業省と分かれていたが、それらをまとめて総合的に企画・立案する機能を持つことになる。下村文部科学相も「スポーツ行政の明確な司令塔だ」と期待している。

 スポーツ庁創設の大きな狙いの一つとして、2020年に金メダルの目標の目安となる「20から33」という数字を達成することがある。メダル数を増やすため、これまで選手の強化費の配分はJOC(=日本オリンピック委員会)が中心になって決めていたが、それをスポーツ庁が主導して配分を行う。

 これについては少し紆余曲折がある。2013年から2014年にかけ、日本フェンシング協会の不正経理などJOC加盟団体の不祥事が相次いで発覚、強化費を国が一本化する仕組みが一度は浮上したが、JOC側の反発に遭い、現在のようなJOC経由と国の直接配分の併用に落ち着いた。

 新体制によって強化費配分の仕組みは、広い意味で「成果主義」となる。メダル獲得目標をしっかり達成し、若手も育っていたら強化費がプラス、成績がふるわなかったり、不祥事などが起きたらマイナスというイメージだ。例えば、国際大会でのメダル獲得目標を提出させ、その結果を翌年度の強化費に反映させる、金の卵を発掘し、育てる努力やその計画がしっかりしているのか、競技団体で不正経理や暴力問題などがないかなども見ていく。

 このため、競技団体は体質を変えざるを得ないと思う。例えば、各競技団体は専任の事務局の職員を常駐させたり、カネの出入りの透明性を高めたりする努力が必要になる。これまであった暴力問題などはもってのほかだ。各団体がそれを始めるため、少しでも改革の手が進まない団体は強化費の減額という現実に直面する。

 また、統括団体であるJOCにも厳しい監督の目が届くとみられ、この問題に詳しい専門家も「改革できない団体は淘汰(とうた)されていくのではないか」と厳しい見解を述べている。改革しようにも、これまでしがらみなどで手をつけられなかった競技団体にとっては「2020年」「スポーツ庁創設」という2つの「外圧」によって、生まれ変わることができる最後のチャンスだと捉えている。

 今後の課題は大きく分けて2つある。一つは「スポーツ庁長官のリーダーシップ」。各省庁から人材は集まるのだが、実は財源や権限は元の省庁に残ったままだ。そこで、各省庁のそれぞれの利害を超えて「オールジャパン」の観点からいかに各省庁を束ねることができるか、スポーツ立国を目指す将来の的確なビジョンと強烈なリーダーシップを持った人材が求められる。現在は、経験豊富なオリンピック経験者らが候補とみられている。

 もう一つが「パラリンピックの成功」。ロンドンパラリンピックは会場が連日満員で、選手はオリンピック同様、ヒーローとして扱われた。翻って日本で明日、パラリンピックが開かれたら、残念ながらロンドンのような状況は難しいと思う。しかし、今年2月に大会の組織委員会が公表した「大会開催基本計画」では「パラリンピックの評価が大会全体の評価を左右すると言っても過言ではない」と強調していて、5年間でいかに変わるかだろう。

 先週末、パラリンピックの競技車いすラグビーの国際大会が千葉市で行われた。とにかく激しいスポーツで、選手は完全にアスリートだが、彼らの口からは「仕事の関係で平日の練習がなかなかできない」「車いすを使用できる体育館が少なくて、練習もままならない」という声が聞かれた。スポーツ庁ができたことで、彼らが競技に集中でき、2020年に満員のアリーナで金メダルを後押しする、そんな環境が整えられたらスポーツ庁の存在価値があると思う。